Wa-luck(ワラック)

2019.5.8
信仰エッセイ 子育て

お母さんと呼ばれる日々 vol.1「あの日の約束」(さんさい・松上京子)

さんさいお母さんと呼ばれる日々少年会

「あの日の約束」

桜の下で五人の子どもが照れくさそうに微笑む写真を、今眺めています。そばに寄り添うのは気のいいおばちゃんといった風情の校長先生と若くて美しい担任の先生。全校児童三十五名(現在は十八名)の小さな山間の小学校に娘が入学した日の写真です。あれから十四年。その写真の横には振り袖姿で微笑む娘の成人式の写真が並んでいます。
喜びに満ちた七人の記念写真ですが、そのうちの二人とはもう会うことができません。心臓が突然その営みを止め、十九歳の若さで逝ってしまった同級生のYくん。産休、育休を終え、学校に復帰してほどなく病を得、幼子たちを遺して亡くなった担任の先生。人は本当にこのひとときひとときしか生きられないのだと思い知らされます。

車椅子での子育てが始まったとき、おむつを替えるのも抱き上げるのも、抱いたまま移動するのも大変でした。実家の母をはじめ多くの人の手を借り、公的なサービスも利用し、どうにかやってきました。思うようにいかず、子どもに不満や怒りをぶつけたことも、情けなくて涙したことも、「私がお母さんでごめん」と心で謝ったこともありました。けれどそれ以上に、母にならなかったら味わえなかった喜びや驚きや面白さ、感動の方がずっと多かった気がします。
先日、「おかあさん不器用だけど、頑張って髪の毛くくってくれた」とSNSで娘がつぶやいていたのを発見して、おかしいようなうれしいような気持ちになりました。娘が小さな頃、かわいい飾りのついたヘアゴムを見つけると買ってきては結んでやったのですが、なぜか髪の毛の束が、まるで角が生えたみたいな角度でにょきっと飛び出し、娘の髪型はいつも変でした。それを見た私の妹は「お姉ちゃん、これはひどい。さよ、かわいそうになぁ」と言って、よく結び直してくれました。手先の器用な妹がやると、柔らかく流れるように髪の束は垂れるのです。おかしな形に髪を結えられ続けた娘ですが、髪を何度も梳き、ヘアゴムと格闘した私の精一杯の愛情は心に残してくれていたようです。

さて、子どもたちが幼い頃、ふとんにくるまって絵本を読みながらこう聞いたことがあります。
「二人とも、大きくなったら何になりたい?」
親ならば誰もが一度くらいは尋ねたことがあるのではないでしょうか。
娘は「絵本屋さん。絵本を描く人になる」きっぱりとそう言いました。お絵描きの好きな娘らしい答えです。
「そうか。そしたら、その絵にお母さんが文を書くよ。二人で絵本を作れたらいいね」
「うん」
すると息子も「ぼくはなっ…」と勢い込んで話に入ってきました。
「えいちゃんは何になるん?」
顔を覗き込んで聞いてやると、これまた即答で「おっさんになりたい。絵本を読むおっさん」と返ってきました。もう大笑いです。
「きっとなれるよ、おっさんには」
三人の役割が決まった、約束だね、と笑いながら将来に思いをはせたあの日から月日は流れ、ささやかなその夢が今少しだけ叶いました。大学でデザインの勉強をしている娘が、私の書いた文に絵を添えてくれることになったのです。あとはもう一人、それを読む“おっさん”が登場すればいいのですが、息子は高校生なので、まだ少し年齢が足りないかもしれません。
あの日の約束と同じように、私の中には涙の出ること、大笑いすること、しんどくて辛くてどうしようもないこと、せつないこと幸せなこと、たくさんの思い出が詰まっています。振り返るとそれらは、どれもじんわりと胸に沁みるものです。こんな気持ちで五十代を迎えられたことを幸せだなぁと感じています。懐かしい日々を少し余裕を持って眺められる今、小さな子どもを前に途方にくれている若いお母さんにかけてあげたい言葉がいっぱいあります。大丈夫。がんばってるね。ひと休みしよう…。そんな思いをこれからゆっくり綴っていきたいと思います。
松上京子プロフィール
まつうえきょうこ/エッセイスト。25歳のときに起きたオートバイ事故で車椅子の生活になる。34歳で結婚後は、2人の子供のお母さんとして奮闘している。著書に『さよちゃんのママは車椅子』(小学館)などがある。

イラスト
松上紗代