Wa-luck(ワラック)

2021.8.29
信仰エッセイ

ジョンさんの音楽祭-幸せへの四重奏vol.35-

幸せへの四重奏

元渕 舞ボロメーオ弦楽四重奏団ヴィオラ奏者


私はいま、ニューメキシコ州タオスの音楽祭に来ている。ここでは8週間、世界中の音楽院から選ばれた19人が室内楽を学ぶ。ほとんどが初対面だが、心を一つにして最高の演奏ができるよう毎日努力を重ね、12日間で1曲を完成させる。

私がタオスの音楽祭で講師を務めるのは、この夏で17年目になる。初めてタオスに来た2005年の夏、私は妊娠8カ月だった。大きなお腹を抱えて予定日ギリギリまで演奏、指導し、4週間後にボストンに戻って長女を出産した。2年目は、もうすぐ1歳になる長女を連れて参加し、それからは地元の観客たちが、私の娘たちの成長を毎年楽しみにしてくれている。

この音楽祭の創始者は、カウボーイのチルトン氏とプロスキーヤーのジョン氏。二人は58年前、有名なスキー場であるタオスの山村で仲間を集めて室内楽を始めた。チェロを弾くチルトン氏が音楽家に声をかけ、山荘のホテルを持つフランス人のジョン氏がフランス料理と宿を提供した。こうした室内楽愛好家の集まりから、次第に将来の室内楽奏者を育てる方向へ向かい、いまがある。

ジョン氏の愛嬌と底なしの親切は有名で、一度知り合うと、誰もが家族のように親しんだ。〝喜ばさずには帰せない〟が彼のモットーだった。そのジョン氏が今年の3月に亡くなった。彼が亡くなって初めての音楽祭では、その存在の大きさが胸に迫る。

この夏はコロナの影響もあり、学生たちの食事はすべて弁当形式となった。これまでジョン氏と、そのご家族が作るフランス料理の大皿をみんなで楽しんだが、このままでは、せっかくジョン氏が残してくれた〝伝統〟を台無しにしてしまう。

そこで私が立ち上がった。「ありがとう」と言う学生たちの笑顔が見たくて、毎日の食事作りを引き受けたのだ。「明日は何を作ろうか。みんなは何を食べたいだろう」と考えるうちに、自分の中からとてつもない喜びがあふれてきた。

今日の朝ご飯の後、学生から大きな拍手をもらった。それを聞いた主人が、「ジョンさんがとても喜んでいるよ」と言ってくれた。

 

天理時報2021年7月4日号掲載