Wa-luck(ワラック)

2020.8.29
信仰エッセイ 子育て

お母さんと呼ばれる日々 vol.12「娘のベストアンサー」(さんさい・松上京子)

さんさいお母さんと呼ばれる日々少年会

第十二回 娘のベストアンサー

小学校に入った頃、娘はよく「お母さん、教えて」と宿題のプリントを持ってきました。宿題を見る のは楽しみでしたが、うまく教えられないときは自分の知識や表現力の乏しさ、気の短さなどを痛感し ました。 二年生の時に苦労したのは〝増えたり減ったり〟という算数の単元でした。数字が三つ出てきて足し たり引いたりするもので、例えば「バスに二十人乗っていました。バス停で八人降りました。次のバス 停で三人乗ってきました。今バスには何人乗っているでしょう」というような問題。何から何を引くの か、あるいは足すのか、式を立てるのが難しいようでした。 二人でプリントに向かい「声に出して読むんだよ」と言うと、娘は元気よく問題文を読み上げます。「まさこさんがお母さんにクッキーを二十三枚もらいました。昨日九枚、今日七枚食べました。何枚残っ ているでしょう」
読み終えると娘はプリントを見つめ、黙って考え込みます。
がんばれ。順に引いていけばいいよ。23ー9ー7だよ。いや 待てよ、先に九と七を足してからまとめて引くんだっけ? いや いや、どっちのやり方でも良かったかな。難しくないよ。がんばれ、 紗代ちゃん。 私は心の中でつぶやき続けました。

しばらくの後、ついにその声が届いたのか娘がぱっと顔を上げました。よし、ひらめいたかと 思ったら、娘は予想外のことを言いました。
「食べすぎとちがう?」
「えっ?」
「まさこさん、クッキー食べすぎとちがう? こんなに食べたらお母さんに怒られるんとちがう?」
私は答えに窮しました。うーん、昨日が九枚で今日は七枚。確かにおやつにしては多いかも。
「かわいそう。お腹も痛くなるかもわからんし」 
「う、うん…痛くなるかも知れんなあ」
ご飯の前にそんなにいっぱい食べたらあかん、と叱られている自分の姿と重ねているのでしょうか。
23ー9ー7=という式のことなどそっちのけで想像を膨らませ、まさこさんの心配をしている娘を見ているとおかしくなってしまいました。
算数に関していうと、娘は頭が切れるタイプではなく、てきぱきと問題をこなすスピードや手順のよさには欠けていました。その代わり、じっくり考えて自分の納得したことを自分なりのペースで解いて いくのです。見ているとはがゆくて、無駄なことを考えず進めばいいのにと思いましたが、担任の先生 は「大丈夫ですよ。今は彼女が心地良いと思うペースでやらせてあげてください」と言ってくれました。 決められた時間内に効率よく解かなければやがてついていけなくなるかもと心配もしましたが、その 時は先生の言うことに従いました。 高学年になると私が宿題を見てやることは少なくなりました。学習量は増え、プリントやドリル、教 科書の問題の他に自主勉強が課題としてよく出されていました。専用のノートに自分の興味あることを 調べていくのです。学年が進むとしっかり自分のやるべきことが分かってくるのでしょう。 ある日、熱心に勉強している娘を見て「紗代ちゃん、今日はがんばってるなあ。何の勉強してた ん 」と自主勉強のノートをのぞいてみました。 そこにあったのは、少しの文字と徳川家康の絵でした。ふくよかな耳、顔に刻み込まれたしわ、髪の 毛の一本一本、着物の陰影などを実に細かく丁寧に描いていたのです。あんなにも長い時間を費やして やっていたことはこれだったのかと拍子抜けしましたが、いかにも娘らしいとも思いました。結局娘 は、算数の宿題でまさこさんの心配をしていたころとあまり変わらず、マイペースのままでした。けれ ど、まさこさんを思いやる優しさだとか、文章が表す場面を想像する力だとか、何かに向かうときの集 中力など、私が素晴らしいなと思っていたものを持ち続けたまま成長してくれました。どの子も伸び方 や伸びる早さは違うもの。自分なりのベストな答えや道を見つけて進んで行くのを、ゆったりと大切に 見守ってやればいいのだと教えられました。

松上京子プロフィール
まつうえきょうこ/エッセイスト。25歳のときに起きたオートバイ事故で車椅子の生活になる。34歳で結婚後は、2人の子供のお母さんとして奮闘している。著書に『さよちゃんのママは車椅子』(小学館)などがある。

イラスト
松上紗代

<vol.1 「あの日の約束」はこちら>

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