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2020.4.18
信仰エッセイ 子育て

お母さんと呼ばれる日々 vol.10「億万長者をめざせ」(さんさい・松上京子)

さんさいお母さんと呼ばれる日々少年会

第十回 億万長者をめざせ

お正月に家族ですごろく遊びをする光景はもう古い過去のものでしょうか。ほんの十年ほど前、私たちはお正月だけでなく夜ごとボードゲームに熱中した時期がありました。子どもたちの小学生時代、夜が長くなる季節には晩ごはんのあとのテーブルにいろいろなゲームが広げられました。
ごはんを食べ終えると姉弟はさっとテーブルを拭き、
「エイちゃん、これ出して」
「わかった、お姉ちゃん」と、手際よくカードやコマを並べていきます。
「すぐケンカするくせに、こんな時だけチームワークもばっちりだ」と、私は笑いながら大急ぎで食器を洗うのです。
すごろくやかるたの他、ルーレットをまわし億万長者をめざすもの、自分の陣のコマを反対側の陣に進める早さを競うもの、持ち玉を穴の下に落とし合うものなど、家には多くのゲームを揃えていました。コンピューターゲーム全盛の時代。刺激の強いハイテクノロジーのゲーム類に囲まれた中で、それらと無関係で過ごすことは不可能でしたが、子どもの心への侵食はできるだけ少なくしたいと思っていました。ボードゲームのいいところは安価であることに加え、ゆったりとしたペースで他の人と関わりあいながら進めることではないでしょうか。誰かが大負けしている時には「この人の持ちゴマをとらないであげよう」と考えたり、ひとり勝ちしている人からはお金をたくさんもらったりと自然にバランスを取ろうとします。
もちろん、時には人を蹴落とし自分の利益を追求することもあります。勝った時の晴れ晴れした気持ち、情け容赦なく相手を負かした時の心地悪さ、大逆転で負けた悔しさなどを経験するのです。人との距離が近く、揺れる感情が交差するので、トラブルが起こることもしょっちゅう。相手をしていて「はあ、疲れる」と思うことも多々ありました。


負けた時の娘と息子の反応は対照的でした。ある日のゲーム中、突然息子が「おかあさんの責任やでっ」と泣きながら訴え始めました。たった今ルーレットをまわして進んだマスには“二十万ドル払う”と書かれていたのですが、そんなことになったのは“おかあさんの声でびっくりして手が震えたから”なのだそうです。とんだ言いがかりに娘は「エイちゃん、そんなこと言ったらアカンで。2出たんやから仕方ないやん」
お姉さんらしく弟を諭しますが、息子は何枚もの赤い約束手形を握りしめながら大泣き。
「でも、もうお金ないもんよー。3だったらよかったのに」
いつもこんな調子でした。手加減のできないゲームでは年少の息子が続けて負けることもありますが、そのたびにサイコロの形がおかしいせいだとか、1回休みの間にみんなが勝手に進んだからだとか、あらゆる言いがかりをつけては大暴れして泣き叫びます。最後には悲壮感漂う静かな泣き方に変わり、「みんなエイちゃんのこと恨んでるんやなー」などと、哀れな声を絞り出すのです。
娘は負けてもやけは起こしません。悔しさをこらえ目を潤ませながら「次は勝つもん」と自分に言い聞かせるようにつぶやいていました。
ふたりの姿は、まるっきり幼い日の私と妹の姿でした。夜勤から帰ると母はよくゲームの相手をしてくれました。疲れていたはずなのに母はよく笑っていました。勝負運の悪い私には「将来、絶対に博打に手を出さないように」と教訓めいたことを言い、泣いて暴れる妹には肩を抱いて「ゲームなんやから泣いたらあかんで」と優しくなだめていました。結局私は、あの時の母と同じことをしているのだと思いました。自分がもらった愛情を子どもたちにそっくり返している。ただそれだけなのです。今なら、母が幼い私たちとの勝負を真剣に楽しんでいたことも、そんなことができる時期が驚くほど短いこともよくわかります。何だか久しぶりにルーレットを囲んで億万長者をめざしたくなってきましたが、大学生と高校生の子どもたちはきっと相手をしてくれないでしょうね。

松上京子プロフィール
まつうえきょうこ/エッセイスト。25歳のときに起きたオートバイ事故で車椅子の生活になる。34歳で結婚後は、2人の子供のお母さんとして奮闘している。著書に『さよちゃんのママは車椅子』(小学館)などがある。

イラスト
松上紗代

<vol.1 「あの日の約束」はこちら>

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