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2020.3.7
信仰エッセイ 子育て

お母さんと呼ばれる日々 vol.8「おばあちゃんとの時間」(さんさい・松上京子)

さんさいお母さんと呼ばれる日々少年会

第八回 「おばあちゃんとの時間」

初めてのお給料、という言葉が聞こえてきました。中学に上がって間もない頃の息子と私の母の会話です。
「おばあちゃん今何歳?」と息子は尋ね、中学、高校、大学、浪人した場合も含めて指折り数え、年齢に年数を足したところでやや顔を曇らせ「間に合うかな。おばあちゃん、無理ちゃう?」と言いました。
母は「そうか。でも、エイちゃんは孫の中でも一番世話焼けたからなぁ。初給料でプレゼントしてもらうまで、がんばって長生きするわ」と愉快そうに笑っていました。
もちろん半分は冗談ですが、アトピー性皮膚炎での長期通院や食事制限に加え、洗剤、衣服、シーツにも気を使うなど息子を育てるには苦労をしました。母の助けがなければ到底できなかったことで、お礼をして当然と言えばその通りなのです。
幸い小学校までにはほぼ完治し、息子は伸び伸び育ちました。おばあちゃんっ子で、車で二十分ほどの実家によく泊まりに行き、一緒にお風呂に入ったりコンピューターゲームをしたりしました。私はゲームを持つことに反対でしたが、意外にも母が本まで読んで研究するほど興味を持ち、息子とあれこれ情報交換をし始めたのです。ゲームの中での話ですが「今の季節はこんな魚が釣れて、いくらで売れる」「こうすれば上手に虫を捕まえられる」と話し合う様子を見ると、世代の違う二人がゲームとは言え一つの世界を共有できるのはいいものだなぁと微笑ましく思えました。

娘もまたおばあちゃんが大好きでした。娘は小学校を卒業するまでずっと週末に絵の教室に通っていたのですが、時々私の車での送迎を断り「今日はおばあちゃんに送ってもらうわ」と母を電話で呼びました。125ccのスクーターで颯爽と現れた母は「迎えに来たよー。行くで」とササッと娘の分のヘルメットを取り出して被せ、素早くスクーターにまたがり、娘に体をしっかりつかまらせブイーンという音と共に去っていきます。
二人は早めに出て、コンビニなどに寄っているようです。店の前に腰かけアイスクリームを食べながらおしゃべりしている光景を想像するだけで、私はじんわりと幸せな気持ちになりました。

お母さんの知らないおばあちゃんとの時間。学校での出来事、弟に対する不満、母親の言動に納得のいかないこと。小さな胸にうずまく諸々を少し距離のあるおばあちゃんという存在に向かって吐き出すことは、娘の気持ちを軽くしているに違いありません。母親から言われると反発したくなることが、おばあちゃんからだと程よく柔らぎ、素直に聞けることもあるものです。もちろん楽しい話や冗談の方が多かったはずですが…。
「お母さんには内緒やで」
おばあちゃんはよくこんなことを言います。こっそりおやつをあげたり、秘密の約束をしたり、流行りのカードを買い与えたりするのです。私は気づいても知らんふりしています。
良きにつけ悪しきにつけ、親だけの価値観で育つよりも、子どもにとってはいろんな人のいろんな考えがあることを知るほうがいいと思うからです。自分を無条件で愛してくれる人が一人よりも二人、二人よりも三人いるのは素敵なことです。愛情表現の仕方が人によって違うことにもやがて気づくでしょう。
いつの間にか小さくなったおばあちゃんは息子にも娘にも背を抜かれ、しわも増えました。最近の私はふと残りの時間を考えてしまいます。おばあちゃんが元気でいられる時間のことです。時折、さらさら流れ落ちる砂時計を見ているような切ない気持ちになります。
「おばあちゃーん」と呼んでいた子どもたちの甲高い声は、年月を経て低く落ち着いた声に変わりました。話す内容も年齢なりの大人びたものになりましたが、昔と変わらず「くくくっ」と笑い合う賑やかな姿も見せてくれます。
どうか息子が初給料で約束どおりプレゼントを贈れますように、母が喜ぶ姿を見られますようにと、そっと願わずにはいられません。

 

松上京子プロフィール
まつうえきょうこ/エッセイスト。25歳のときに起きたオートバイ事故で車椅子の生活になる。34歳で結婚後は、2人の子供のお母さんとして奮闘している。著書に『さよちゃんのママは車椅子』(小学館)などがある。

イラスト
松上紗代

<vol.1 「あの日の約束」はこちら>

<vol.2 「怒りを鎮める処方箋」はこちら>

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<vol.4 「アンパンマンのせい」はこちら〉

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