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2020.2.8
信仰エッセイ 子育て

お母さんと呼ばれる日々 vol.6「抱っこ、抱っこ」(さんさい・松上京子)

さんさいお母さんと呼ばれる日々少年会

「抱っこ、抱っこ」

子どもが保育所や学校から持ち帰る身体測定表を見るのは楽しいものでした。「ああ、夏休みの間にこんなに背が伸びたんだ」とか「去年の今ごろは、ぐっと体重が増えたんだな」などと、たくさん並ぶ 数字に目を細め、飽きずに眺めていました。ただの数字でさえ、親にとっては子どもの成長やそれにま つわる出来事もろもろに思いを馳せられる、意味あるもののような気がします。

私の中で35キロは、そういう意味でひとつの区切りとなる数字でした。息子の体重が キロになった とき、どうりで重いはずだ、さすがにこれ以上は厳しいと思ったのです。そしてついに息子にこう言い ました。
「エイちゃん、ごめん。もう無理やからな」 小学四年生の頃だったと思います。息子はそんな重さに成長するまで「おかあさん、抱っこ」と車椅 子の膝に乗ってきていました。幼いころから朝目覚めると必ず泣いて、膝に乗せて抱いてやらないと起 きてきませんでした。一日に何度も「お母さん、乗せてー」「このまま、あっちへ行ってー」と甘えてばかり。

もう無理と言われた息子は「え〜っ、なんで。いやや、いやや」と抵 抗しましたが、夫からは、「おまえ、もうそんなに重いのに、お母さん の脚うっ血してかわいそうやろ」娘からは「さよなんか、ずっと前から乗ってないで」と責められ、仕方なく不満たっぷりに「わかったよ」と答えました。

抱っこ禁止令が出て、ぴたりと止んだわけではありません。その後も私と二人の時はこっそりと膝に乗ってきたこともありました。けれど、 抱っこの頻度は極端に少なくなり、やがて自分の体がさらに大きくなり、いつだったか無理やり乗り込 んだものの、滑り落ちた時がありました。そこで初めて「あ、もう乗れないんだ」と自覚したようです。 私もまた空っぽになった膝を見ると、解放感と同時になんとも言えないもの寂しさを覚えました。重いと文句を言いながらも、息子が膝にいることは心地よいことだったのです。

息子は私の膝から離れるまで、ずいぶん時間がかかりました。本当はそんなに長く抱っこして甘やか すべきではなかったのかも知れません。

育児書には、赤ちゃんの頃は、抱き癖がつくから泣いてもあまり抱っこしない方がいいと書かれたも のがありました。一方で、いや、甘えたいだけ甘えさせれば良いと書かれたものもありました。育児情報は常に膨大にあり、少し年月を経ると、正反対のことが正しいと言われたりします。たとえば“褒めて育てる”、“上手に叱って子どもを伸ばす”にしても、そのさじ加減がわからなければ混乱してしまい ます。今は更に、よりたくさんの情報がいとも簡単に得られ、お母さんたちはますます迷うことが多くなってしまったのではないでしょうか。

けれど、情報は情報です。そのまますべて自分に当てはまるわけではありません。正しいと思われるものを求めすぎ、良いお母さんを演じて疲れてしまうより、「まっ、いいか」ぐらいの気持ちで楽にや ればいいのです。

自分の目で見て考えて、自然に湧き上がってくる感情を大切に、なんとなく「こうかな」「これはやめておくか」と思うやり方を選び、進んでいくしかないと思うのです。あやふやであいまいで適当すぎるかも知れませんが、現実の家庭で日々繰り広げられる子育てとは、いい加減(=良い加減)なもので しょう。

どこにも正解などなく、多分こうじゃないかと思いながら手探りで進むことこそ、自分が自分の子どもを育てるということだと思っています。 長きに渡って抱っこをせがみ甘えの限りを尽くした息子、そして「そんなことあったっけ」と素知らぬふりをしながら時に手をぎゅっと握りにくる息 子、「ぼく、今から受験勉強がんばるからな」と嘘かホントかわからない宣 言をして目の前にスッと立つ高校生こそが、私が育てた私の子どもなのです

松上京子プロフィール
まつうえきょうこ/エッセイスト。25歳のときに起きたオートバイ事故で車椅子の生活になる。34歳で結婚後は、2人の子供のお母さんとして奮闘している。著書に『さよちゃんのママは車椅子』(小学館)などがある。

イラスト
松上紗代

<vol.1 「あの日の約束」はこちら>

<vol.2 「怒りを鎮める処方箋」はこちら>

<vol.3 「風の強い朝」はこちら>

<vol.4 「アンパンマンのせい」はこちら〉

<vol.5 「命を想うとき」はこちら〉