Wa-luck(ワラック)

2019.12.2
信仰エッセイ 子育て

「アンパンマンのせい」〜お母さんと呼ばれる日々 vol.4〜(さんさい・松上京子)

さんさいお母さんと呼ばれる日々少年会

「アンパンマンのせい」

タタタタタッと音がして振り向くと、学校から帰るなり冷蔵庫に突進していく息子の姿が見えました。またも土足、そしてランドセルは玄関に放りっぱなしです。大急ぎでおやつを調達すると「行ってきまーす」と飛び出して行きました。こらーっと怒る暇もありません。ギャングエイジと呼ばれる小学校三年生の頃の日常はこんなふうでした。どうやったら新品の靴を一日で破ってこられるのか、どうやったらズボンのポケットを砂だらけにできるのか、どうやったら床じゅう何かの汁でネトネトにできるのか、不思議でしようがありませんでした。全然違う。まったくわからん。娘のときとは違う子育てにとまどうばかりです。

 

思い起こせば、お腹の中にいるときの蹴り具合から違っていました。とにかく動く、動く。これは踵だ、とはっきりわかる ほどに激しく、そして頻繁に動き回る息子は早く広い世界に出たいよー、と言っているようでした。保育所に通い始めて間もなくの頃だったと思います。台所仕事をしていた私は玄関横の仏間でごそごそと動く息子の気配を感じました。しばらくののち、リビングにやってきておもちゃで遊び始めた息子に私は優しくそっと尋ねてみました。

「仏さんのお部屋のふすま破れて穴だらけなんやけど、知らんかな?」

「うん、知らん。エイちゃんは知らんけど、さっきアンパンマンがやったみたい」

悪びれた様子はまったくありません。「ふうん、アンパンマンかぁ」 そのアンパンマンのショベルカーに乗ってふすまにぶつかっていったの はアンタでしょ。ちゃんと見ていたよ。そう言ったら、どんな言い訳をするのでしょう。アンパンマン のせいにしてひとまずその場を切り抜け、涼しい顔をしている息子を私はじーっと見つめていました。 男の子って何を考えてるのだろう。なぜこんなにも違うのだろう。思うことしきりでしたが、これは うちの息子に限ったことではなさそうです。

買い物帰りの車中から、下校途中の小学生を見かけることがよくありました。数人のグループの様子 を観察してみると、女の子がごく普通に歩いている傍らで、男の子は何か棒状のものを振り回したり、 縁石にのぼったり、水たまりにわざと入ったりしています。あるとき、三人の男の子が一直線上に並び「せ ーの」で唾吐き競争をしているのを目撃しました。誰が一番遠くまで飛ばせるかを競い、ぎゃはははと 大笑いする男の子たち。横にいる女の子二人はあきれ顔です。

やっぱりアホやな。私は心の中でつぶやきました。男女の脳の特性には違いがあり、行動の違いもそこから生まれるのだと書かれた本を読んだことがあります。やはりそうなのだろうかと首をひねり、拾ってきたヘビの抜け殻に悲鳴を上げ、足跡だらけになった車のボンネットを見て怒り、おが屑が散乱した玄関を掃く日々が続きました。 娘のときの数倍はエネルギーを費やし、やることすべてに驚き翻弄されながらも、どこかでそれを楽 しむ自分がいることに私は気づいていました。なぜなら、母である私が体験し得なかった“男の子時代” を今息子は生きているからです。ちょっぴりうらやましく、もう純粋に「おもしろいなあ」と思ってし まうのです。そして、息子の行動に振り回されるのが実は幸せなのだということも、こんな時間がそれ ほど長く続かないことも知っていました。

冷蔵庫から玄関へと走り出たはずの息子が「あーっ、忘れてたぁ」と再度靴のまま戻ってきました。今度こそ土足を叱ってやろうと意気込んで迎え出た瞬間に、「言い忘れてた。おかあさん、鼻血出るくらい大好き」それだけ言って、息子はすっ飛んで行きました。鼻血って、なんでそんな表現するかな。ほんとにもう仕方ないな、男の子は。後ろ姿を見送りながら自然と顔がほころび、私はまたも叱るタイミングを逃してしまいました。

松上京子プロフィール
まつうえきょうこ/エッセイスト。25歳のときに起きたオートバイ事故で車椅子の生活になる。34歳で結婚後は、2人の子供のお母さんとして奮闘している。著書に『さよちゃんのママは車椅子』(小学館)などがある。

イラスト
松上紗代

<vol.1 「あの日の約束」はこちら>

<vol.2 「怒りを鎮める処方箋」はこちら>

<vol.3 「風の強い朝」はこちら>