Wa-luck(ワラック)

2019.9.17
信仰エッセイ 子育て

怒りを鎮める処方箋 〜お母さんと呼ばれる日々 vol.2〜(さんさい・松上京子)

さんさいお母さんと呼ばれる日々少年会

 ある夜テレビをつけるとバラエティ番組で、「兄弟ゲンカをやめさせるには、これが効く」とおもしろそうな話題を取り上げていました。「勝手にお菓子食べたな」「いや、それはぼくのだ」といったおやつの取り合いから始まり、「いま私の顔見て笑ったでしょ」「笑ってないよ」といった言いがかり、「お兄ちゃんに叩かれた」「ちょっと当たっただけだろ」などなど…。兄弟姉妹のケンカの原因はくだらないものです。いや、原因と言えるものがないことすらあります。そこで登場するのがカメラです。ケンカの様子をカメラやビデオで撮影すると、子どもは撮られることで恥ずかしく思い、また同時に興奮した状態からいったん冷静になるのだとか。実証実験の VTR を見ると、まさに効果てきめん、おもしろいほどうまくいきます。
 
 「はい、チーズ」とカメラを向けると、たった今まで繰り広げられていた兄弟ゲンカのヒートアップが一気に収まり、「あれ?」「なに?」と照れ笑いに変わりました。中にはピースサインをしたり、可愛くポーズをとる子どもまでいます。カメラの方に意識が向き、自分を少し離れた位置から見ることができるのだそうです。なるほど撮影か…と納得しながら、ふと昔のことを思い出しました。
 

 
 
 娘が一歳ぐらいの頃のこと。台所でガチャーンと何かが割れる音がして飛んでいくと、カウンターの向こうに娘の姿がちらりと見えました。覗きこむと割れたお茶碗、床じゅう飛び散ったご飯粒、とひどい有様でした。「こらーっ」と叫ぼうとした瞬間、娘の顔を見て言葉を飲み込みました。まんまるの赤いほっぺいっぱいにご飯粒がついていたのです。器に入った残りご飯を見つけて食べようとしたのでしょう。思わずクスッと笑いが漏れ、次に私はカメラを取りに走りました。「はいはい、こっち見てー」とご飯粒だらけの顔を記念撮影しているうちに怒りの気持ちは消えていました。娘の手が届く場所に器を置いた私が悪いこともわかりました。先ほどの例とは逆ですが、カメラを介することは撮られる側だけでなく撮る側にも自らを意識する時間を持つ効果があるようです。
 
 日々幼子と接する中、カッとなり冷静さを失ってしまうことはよくあります。そんな時、怒りを鎮める方法を私はいくつか持っていました。
たとえば、夜中表に出て空を眺めるという方法。ひんやりとした夜気に触れ、満天の星を見ていると自分の存在の小ささを思い知らされます。小さな私の中の小さな怒り。なんとちっぽけなのか。こんなものに支配されるなんてばかばかしい。そんな気持ちになれました。
 

 
 
 もうひとつは典型的なストレス発散方法。大声で歌う、というのもよくやりました。お皿を洗いながら、掃除をしながら、湯船につかりながら…。
 
 ある冬の朝、ロフトで洗濯物を干しながら歌い始めました。ヨーロレイッヒー。その時なぜかフッと出てきたのはヨーデルです。

レイレイレイレイ、ヨーロレイッヒー、レイレイレイレイ…

裏声を交え、お腹の底から声を出しているとスッキリしてきます。どんどん気分が乗ってきて、しまいには絶叫に近くなりました。
 
「ごめんください」

男性の遠慮がちな声が私の耳に届きました。

「はぁい」

朝早くに誰だろう、そういえば…と、薪ストーブの煙突掃除を頼んでいたのを思い出し、急いで階下におりました。きっと玄関で何度も呼んでくれていたに違いありません。私の最大音量のヨーデルに呼び声がかき消されていたのでしょう。あのヨーロレイッヒーを聞かれていたのかと思うと恥ずかしくて顔が真っ赤になりました。けれど男性は私の絶叫ヨーデルには触れず、たんたんと作業にとりかかってくれました。
 
 今では笑える失敗談です。
 
 ほんのちょっとしたことですが、二度とない貴重な子育ての時間を怒りの色で塗りつぶさないために、自分なりの処方箋を持っていてほしいと思うのです。

 

松上京子プロフィール
まつうえきょうこ/エッセイスト。25歳のときに起きたオートバイ事故で車椅子の生活になる。34歳で結婚後は、2人の子供のお母さんとして奮闘している。著書に『さよちゃんのママは車椅子』(小学館)などがある。
 
イラスト
松上紗代
 

<vol.1 「あの日の約束」はこちら>